奈良地方裁判所 昭和41年(ワ)203号 判決 1969年6月24日
原告
中西雅一
ほか一名
被告
株式会社浅川組
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、当事者の申立
一、請求の趣旨
被告は、原告中西雅一に対して金九、三四一、四六一円、原告中西吉子に対して金八、五八八、五三六円、およびそれぞれこれに対する本件訴状送達の翌日(昭和四一年九月三日)から、支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。仮執行宣言。
二、請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求原因
(一) 事故の発生
訴外亡中西聖泰(以下単に聖泰という)は、昭和四〇年七月一〇日午後一時頃、奈良市菅原町五六九番地先をほぼ東西に走る県道阪奈道路を、訴外武田正一所有にかかる軽四輪貨物自動車六大と一七―四六号(以下単に軽四輪車という)を運転して東進中、右県道を対向して西進して来た訴外京牟礼時義の運転する生コンクリートミキサー車奈八す〇七〇〇号(以下単にミキサー車という)と激突し、このため右聖泰は、同所において即死するに至つた。
(二) 被告の地位
被告は、土木建設業を営み、ミキサー車を所有し、被用者たる右京牟礼時義(以下単に被告運転手という)にこれを運転させ、同車を自己のために運行の用に供していた。
(三) 被告運転手の過失
被告運転手は、本件事故現場にさしかかつた際、約四七メートル前方に聖泰の運転する軽四輪車が、時速五〇ないし六〇キロメートルの速度でその左側車輪を、道路左側(軽四輪車の進行方向から見て)の路肩草むらに落して走つているのを発見し、その異常な運転状況について不審を抱いたのであるから、このような場合対向車の運転手としては、警笛を吹鳴して注意を与えるか、徐行するなどいつでも停車できるような措置を講じて、事故の発生を未然に防ぐ注意義務があるのに、これを怠り漫然進行した過失によつて、結局右事故を招来させた。
(四) 損害
1、聖泰の得べかりし利益の喪失、金一四、一八〇、二七二円
聖泰は、本件事故当時一九才(昭和二一年一月一五日生)の健康な男子であつて、厚生省第一〇回生命表によれば、その平均余命は、四九・三六年であるから、少くとも大学卒業後である二四才から、以後六八才に至るまで四五年間にわたつて収入を得べきところ、聖泰は大学卒業後、父である原告中西雅一の経営する電気バリカン業に従事し、かつ父死亡後は、その営業を引きつぐべき地位にあり、原告中西雅一(明治三八年九月一二日生、事故当時五八才)の余命は、右生命表によれば、一六・三五年であるから、聖泰は二四才から、三五才までは父の営業を手伝い、三六才から六八才までは営業主として、以下に述べる収入を得る筈であつた。
(1) 二四才から三五才まで。一、七五九、一二八円
一年間の収入金三八三、一〇一円(大阪商工会議所調査部資料課昭和四〇年九月二〇日発行の「大阪の賃金白書」による大学卒技術系男子製造業小企業の月額初任給二四、〇五九円(同白書三三頁)の一二倍と、同白書の臨時給与支給状況小企業昭和三九年夏季四一、六五二円および同年末五二、七四一円(同白書一七頁)を合計すると三八三、一〇一円となる)から、一年間の生活費一五五、〇一六円(総理府統計局編「家計調査年報」による昭和三九年の枚岡市における勤労者世帯実支出額五〇、二五二円を、その平均構成員三・八九で除した額を一二倍すると、年額一五五、〇一六円となる。)を減じて得られる一年間の純利益は、二二八、〇八五円となり、右金員を二四才から三五才までの一二年間に得るとして、その事故時の現価を民法所定の年五分の割合による中間利息を控除する年ごと式のホフマン式計算法により算出すると一、七五九、一二八円となる。
(2) 三六才から六八才まで。一二、四二一、一四四円
右企業経営による一年間の総収入一、一三六、三四九円(昭和四一年四月発行総理府統計局編個人企業経済調査年報によると都市規模産業別営業利益は、一、一三六、三四九円である。(同白書三二頁))から、一年間の生活費一五二、四九六円(右「家計調査年報」中枚岡市における全世帯の実支出月額五二、三五八円を同世帯の平均構成員数四・一二で除して得た額を一二倍すると、一五二、四九六円となる)を減じて得られる一年間の純益は、九八三、八五三円となり、右金員を三六才から六八才までの三三年間に得るとして、その事故時の現価を民法所定の年五分の割合による中間利息を控除する年ごと式ホフマン式計算法により算出すると、一二、四二一、一四四円となる。
(3) 右の(1)(2)を合計した一四、一八〇、二七二円が、聖泰が本件事故によつて得べかりし利益を喪失した損害金である。
2 原告らの慰藉科、各金二〇〇万円
聖泰は原告らの長男であつて、八人兄弟の下から三番目で、身体強健で当時家業の手伝いをしながら、大学受験準備中であつた。聖泰は、手元の器用さに加え、アイデアに富み、友情に厚く、中小企業の経営者として充分な素質を有していたので、原告らは、同人を家業の後継者としてその成長を期待していたところ、成年に達する間際に、本件事故が生じ一瞬にして同人を失うに至つたものであり、それによる原告らの悲嘆苦痛は深刻なものがある。これに対し被告は本件事故の損害賠償の話合いに一切応ぜず、慰藉の言葉も述べぬばかりか、かえつて本件事故は聖泰の一方的過失に基くもので、被告の方こそ被害者であると述べている有様である。これらの事情に鑑みれば、原告らの精神的苦痛に対する慰藉料は、各二〇〇万円が相当である。
3 原告中西雅一の損失 七五二、九二五円
(1) 葬式費用 四二二、九二五円
原告中西雅一は、聖泰の葬式費用に四二二、九二五円を支出した。
(2) 軽四輪車弁償金 三三万円
聖泰が運転していた軽四輪車は、本件事故により全壊したので、所有者である訴外武田正一に三三万円を弁償した。
4 原告ら相続
原告らは聖泰の父母であり、聖泰の死亡により右1記載の逸失利益の二分の一に相当する七、〇九〇、一三六円を相続により承継した。
5 原告らの自動車損害賠償責任保険金の受領
原告らは、自動車損害賠償責任保険から各五〇一、一六〇円の支払いを受けた。
(五)(結論)
よつて、自動車損害賠償法第三条および民法七一五条によつて、被告に対し、原告中西雅一は九、三四一、四六一円、原告中西吉子は八、五八八、五三六円およびそれぞれこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四一年九月三日から、支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二、請求原因に対する認否
(一) 請求原因第一項の事実は認める。
(二) 同第二項の事実も認める。
(三) 同第三項の事実は過失関係を除き、その余の事実は認める。
(四) 同第四項の事実のうち5の事実は認めるがその余の事実は争う。
三、抗弁
(一) 保有者としての被告の無過失
被告は、被告運転手の選任監督については勿論、その他一切の自動車の運行に関して注意義務を怠らなかつた。すなわち
1 被告運転手は、運転歴七年におよび、責任観念強く、注意力、運転技りよう共に秀れ、被告が使用する三〇数名の運転手の範として同人らを指導する立場にあつた程の熟練した運転手であつた。
2 被告は、その使用する運転手の保健、休養に意を用い、心身に障害ある者には運転業務に従事させぬことを常とし、各運転者に対して、「迅速」よりも「安全」をモツトーとするよう指導し、過酷にわたる就労要求は一切していない。
3 被告は、各運転手に対して日々交通法規の遵守徹底を期し、運転に際しては個別に必要十分な注意を与えている。
(二) 運転手の無過失と被害者(聖泰)の過失
本件事故は、軽四輪車を運転していた聖泰の一方的過失に基くもので、被告運転手には何らの過失はない。すなわち、
1 被告運転手は、事故当日体調も異常なく、車両整備の万全であることを確認のうえ、ミキサー車に乗車したものである。
2 同人は、センターラインの左側中央付近を、制限速度内である時速四〇キロメートルの速度で西進して事故現場にさしかかつた。
3 その際同人は、前方約四七メートルの地点に、聖泰が運転する軽四輪車が、道路左寄り(対向車の進行方向から見て)を対向して来るのを認めた。
4 ところが、右軽四輪車は急に進路を変え、センターラインに向つて猛スピードで突進し始めた。このため危険を感じた被告運転手は、衝突を避けるため急ブレーキをかけ、急停車の措置を構じるとともに、同時にハンドルを左に切つたが、停車しようとした瞬間に、右軽四輪車が、ミキサー車の左前部に激突した。
5 右のごとく対向時において被告運転手は、交通法規に従い、万全の注意義務を尽して運転していたものであり、本件事故は、軽四輪車の無謀運転に基くものである。
(三) ミキサー車の構造上、機能上の無欠陥
本件ミキサー車は、昭和四〇年六月二九日(事故前一〇日前)に購入した新車であり、引渡を受けるに際し、厳格な検査を経ているものであるし、事故当日も被告の自動車整備係ならびに、被告運転手が充分な点検を行つたうえで運転したものだから、その構造上又は機能上の障害は考えられない。
四、抗弁に対する認否
抗弁事実は、いずれも否認する。
第三、証拠〔略〕
理由
一、請求原因の(一)及び(二)の事実は当事者間に争がない。
二、ところで、被告は「本件事故は聖泰の過失により発生したもので被告側には何らの過失もない」と抗争するので判断するに〔証拠略〕によれば、本件事故現場は、奈良市菅原町五六九番地先県道(通称阪奈道路)上で、右道路は奈良と大阪を結ぶ幹線道路であつて、幅員約六・五メートル、アスファルト舗装の上にセンターラインを有する東北に通ずる平坦な直線道路で、右舗装の外側に一メートル足らずの雑草の生えた路肩があること、道路の見通しは、きわめて良好であり、交通量は相当頻繁であるが、速度制限は特別にないこと、が認められる。
次に事故の際の状況についてみるに、〔証拠略〕によれば、事故の際現場付近を東進する車両は少なかつたが、西進する車は、本件ミキサー車の前方にも相当数あつたこと、ミキサー車は時速約四〇キロメートルの速度でセンターライン左側の中央付近を西進しており、一方軽四輪車は衝突直前の頃は時速五〇キロ乃至六〇キロで道路の北の端(車の左車輪が舗装部分から外れ路肩の端から二、三〇センチ内側の雑草の生えたところを進行していた)を、東進していたこと、被告運転手は前方約四七メートル地点(本件事故現場の東方約二三・八メートルの地点)で右のような走行状態の軽四輪車を認め、その瞬間軽四輪車があまりにも左側(道路北側)に寄りすぎて走行を続けていることに多少不審を抱いたが、同車が突然ハンドルを右に切つて突進して来るようなことは予想もしなかつたので、そのまま十数メートル西進を続けたところ、右軽四輪車が、前記速度のまま突然右に大きく転把してセンターラインの方向に向けて急進し始めたこと、そこで被告運転手は、初めて事故の危険を感じ、ただちにブレーキを踏み、同時に左に若干転把して衝突を避けんとしたが、およばず、遂にセンターラインより左側約一・七五メートルの地点で、軽四輪車の左前部とミキサー車の前部が激突し、そのはずみで両車は折り重つたまま道路南側の溝川に転落し、このため聖泰は、頭蓋底骨々折等により即死したこと、以上の事実が認められ、ほかに右認定を左右するに足りる証拠はない。
そこで右事実関係から被告運転手のとつた措置について過失があるといえるかどうかについて考えるに、原告は「被告運転手は前方四七メートルの地点に異常な状態で進行して来る軽四輪車に気付いたのであるから、警笛を吹鳴するか、徐行すれば本件のような衝突事故は防げた筈である」と主張するが、軽四輪車は平常な走行状態ではないにしても蛇行したりして進行して来ているわけではなく道路左端の舗装部分の外をまつすぐに進行しているわけであるから、双方がそのまま進行を続けるかぎり僅か一、二秒の間に両車は安全にすれ違つてしまい何事もなく済むわけであり、その間に四輪車が急にハンドルを右に切りセンターラインを超えて対向車の前に突進してくるようなことは何人も予想できないことであるから、被告運転手がそのまま進行を続けたのは蓋し当然である。したがつて被告運転手が徐行の措置をとらず(このような状況下に急にスピードを落せば却つて自己の後続車との接触事故が発生する可能性が大きい)また警笛をも鳴らさなかつた(警笛の吹鳴は相手が前方注視の義務を怠り道路の中央寄りに進行して来たりする場合に接触衝突事故の発生を防止するために必要な措置であるが、本件の場合のように道路左端を進行して来る車が突然ハンドルを右に切つてセンターラインを超えて進行して来るのを未然に防止することはできない)ことをもつて運行上の過失があるということはできず、他に同人に何らの過失をも認めることはできない。なおその後四輪車が急に右にハンドルを切りセンターラインに向け進行してきたのに対し被告運転手のとつた応急措置については同人に何等責むるべき点はない。
以上詳述したところから明らかなように、本件事故は、軽四輪車の運転者の一方的過失によつて生じたもので、被告運転手には何等の過失も認められない。そして〔証拠略〕によれば、本件ミキサー車の運行に関しては被告会社にも注意義務の懈怠があつたことは認められないのみならず、本件ミキサー車には構造上の欠陥又は機能の障害もなかつたことが認められる。
二、そうすると被告に対しては本件事故の責任を問うことはできないから、その余の事実について判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当である。よつてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 谷野英俊)